卒業生インタビュー

インタビュー:卒業生の活躍

Jリーガーのオフィシャルスーツで母校と繋がった

鍋割 宰 氏(株式会社ダイドーリミテッド 代表取締役社長執行役員 48 回)
1959年、和歌山県生まれ。和歌山県立新宮高等学校卒。1982年、本学経営学部卒、大同毛織株式会社(現株式会社ダイドーリミテッド)入社。2017年、株式会社ダイドーリミテッド執行役員、株式会社ニューヨーカー(現株式会社ダイドーフォワード)代表取締役。2018年、株式会社ダイドーフォワード代表取締役副社長。2019年株式会社ダイドーリミテッド取締役執行役員、株式会社ダイドーフォワード代表取締役社長(現任)。2020年株式会社ダイドーリミテッド代表取締役社長執行役員に就任。株式会社ダイドーリミテッドは、東証1部上場。

ダイドーリミテッドについて

新型コロナウィルスの感染拡大により、多くの企業が業績を悪化させ、未だ先行きが見通せない厳しい状況が続く。その最中、2020年4月に老舗の繊維メーカー・株式会社ダイドーリミテッド代表取締役社長執行役員に就任した。
ダイドーリミテッドは、毛織物の「ミリオンテックス・Z」や「ニューヨーカー」「ブルックス ブラザーズ」などを主力ブランドとする紳士・婦人衣料の製造販売、そして小田原にあるショッピングセンター「ダイナシティ」を運営する東証1部上場の中堅企業である。明治12年(1879年)に創業者栗原イネが綿織物の製造販売を開始、昭和16年(1941年)大同毛織設立。同社は昭和39年(1964年)に開催された第18回東京オリンピックで日本選手団が着用した赤いジャケットと純白のスラックス、スカートの生地を提供している。同年、ニューヨーカーを設立。昭和54年(1979年)米国紳士服専門店ブルックス ブラザーズ社と合弁によるブルックス ブラザーズ ジャパンを設立。そして平成元年(1989年)商号をダイドーリミテッドに変更している。

サッカー一色だった学生時代から、アパレル業界へ

鍋割社長は和歌山県のサッカー名門校から本学に入学している。在学中はサッカー中心の生活で、当時の思い出といえば毎日の練習と仲間との寮生活、翌日に試合があっても徹夜で先輩に付き合わされたことなど、良くも悪くもクラブ活動のことしか頭に浮かばないとのことであった。当時からサッカー部は関西では常時上位にランクされ、今でも数多くの卒業生がサッカー界で活躍している。

そんなサッカー漬けの学生生活から一転、卒業後はサッカーから離れ、就職は興味があったアメリカの紳士服ブランド「ブルックス ブラザーズ」に関わる仕事がしたいと大同毛織に入社した。当時は「何年か勤めて、家業(旅館業)を継げばいい」という軽い気持ちであった。最初の配属は意に反してニューヨーカーの婦人服の営業であったが、「とにかく何事もやってみないとわからない」と自分自身に言い聞かせ、仕事に邁進した。そして、働くうちに社風にも馴染み、「こんな楽しい職場はない。もう少しやってみよう」と思うようになり、家業は弟に委ね東京で仕事を続けた。
若い頃から現場主義を貫き、いち早く市場の流行をつかむため、何度も店先に足を運んだ。また、お客様と接する店頭スタッフの声に耳を傾けることが、いろいろな課題を解決していく上で大いに役立ったという。仕事に対するモットーは「一生懸命」。余計なことを思いながら中途半端にやっているようでは周りは助けてくれない、集中してやるべき仕事をきっちりとやっていけばおのずと評価はついてくるという。自身、社長になることを目指してきた訳ではなく、一つ一つの成果の積み重ねと、多くの人の助けがあって今に至ると振り返る。その話しぶりに実直な人柄が窺える。

今もつながるサッカーの縁

大学卒業後、母校との関わりを聞いてみると、帰省時に新幹線の窓から母校の姿を眺める程度とご無沙汰になっていると思いきや、実はサッカーでしっかりと繋がっていたのである。自社の衣料事業を担うニューヨーカーが、Jリーグの名門鹿島アントラーズをサポートし、オフィシャルスーツを提供するサプライヤーとなっている。鹿島アントラーズには本学のサッカー部出身者が数多く在籍し、イベントなどの交流を通じて懇意にするなど、「大経大サッカー部の先輩後輩の皆さんと出会うと自然と話が弾むんですよ」と嬉しそうに話す。「つながる力。大経大」を実感できた嬉しい話題であった。
今は新型コロナウィルスの感染がいち早く終息することを願いつつ、社員の安全と状況を打開する手立てを連日、検討中とのことであるが、経営理念である「お客様第一、品質本位」を貫き、この難局を乗り越えていきたいと前向きに決意を述べていただいた。
(聞き手=広報部・天野康弘)

 

こちらは 同窓会誌「澱江56号」掲載の記事です

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