卒業生インタビュー

インタビュー:卒業生の活躍

夢を追いかけて NPB入りを目指し、鍛錬の日々

内林 瑞貴 氏(栃木ゴールデンブレーブス投手・87回卒)
略歴 1998年4月5日滋賀県生まれ。近江高校卒業。本学人間科学部卒業。2013年、中学時代、草津リトルシニア 全国選抜野球大会ベスト8。2014年、高校1年、全国高校野球選手権大会3回戦。2015年、高校2年、選抜高校野球大会2回戦。2016年、高校3年、全国高校野球選手権大会1回戦。現在、栃木ゴールデンブレーブス所属・投手。

父の手ほどきで野球少年へ

自分が野球を始めたのは、高校野球で甲子園出場経験のある父から3才ぐらいの時にやわらかいボールとグローブを買ってもらったのがきっかけでした。小学2年から少年野球チームに入り、その後クラブチームにも入り、滋賀県の強豪校である近江高校に進学しました。高校では100人を超える大所帯で上下関係も厳しく、結果を残さないとレギュラーになれない環境でしたが、幸いにも1年生の夏からベンチに入らせてもらいました。2年生の夏にケガもあり思うような野球が出来なくなり悔しい思いをしましたが、3年生からまたレギュラーになり甲子園という大舞台で投げる事が出来たのが財産です。高校時代を振り返って、「もっとできた!」「もっとやりたかった!」という想いが今でもあります。

大阪経済大学からプロの道へ

大阪経済大学に入学したのは、大学から話をもらった時は、かってリーグ戦でベストナインを2回獲得している自分の父も大経大硬式野球部出身で「父と同じ大学でプレーすることにプレッシャーがかかるのではないか」と思いましたが、元プロ野球選手の監督のもとで野球をしたいと思い決断しました。大学4年間はケガとの闘いでした。1回生のときは交通事故、3回生の時は、肘の故障がありましたが同学年のプレーを見たとき、また、高校の同級生のチームメイトがプロの世界で頑張っている姿を見て「自分ももっと頑張らなあかん!」という強い思いで猛練習に励みました。2回生からリーグ戦で先発に使ってもらえるようになり、故障明けの4回生の最終キャンプで仲間から励ましてもらい、またリーグ戦で活躍することが出来ました。大学4年間は山本監督から熱心な指導を受け本当に感謝しています。
卒業後については、クラブチーム・実業団入りも検討したが、「もっと、うまくなりたい!」と独立リーグでの修行を選択しました。4回生の秋、栃木ゴールデンブレーブスの入団テストで自分をアピール出来たので、契約することが出来ました。このチームを選んだのは、栃木ゴールデンブレーブスは独立リーグの中でもレベルが高く、自分が成長できる一番の環境だと思ったからです。チームには元NPB出身選手が何人もいて、その方達のプレーを見ているだけでも勉強になります。独立リーグでの試合の他にもNPBの二軍とも試合があるので、試合では精一杯頑張り、アピールしてプロ野球のスカウトの目にとまりドラフトで指名されることが、今まで応援してくれている家族や、試合でいつも本当に熱心に応援してくれている栃木の人達にも恩返しすることになり、「目標」であり「夢」です。

夢を持ち続けて

在学生の皆さんに伝えたいことは、まず自分の「目標」と「夢」を持ち続けてほしい。
その「夢」に向かって、努力することが大切だと思います。「目標」や「夢」は決して簡単には掴むことは出来ないけれども、日々努力することが自分自身の成長にも繋がると思います。
あきらめたら、前には進まない。自分もあきらめそうになった時が何度もありましたが、あきらめずに進めたことで今の自分があるから。
(聞き手=広報部・田島裕司)

 

こちらは 同窓会誌「澱江57号」掲載の記事です

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