卒業生インタビュー

インタビュー:卒業生の活躍

煎茶道家元と本学を繋いだ ラグビーとの出会い 

煎茶道二條流家元 二條 雅瑛 氏(本名・藤本昌英、58回)
1970年、京都市生まれ。私立東山高等学校卒業。1992年、本学経済学部卒。同年、京都中央信用金庫に入庫。1996年、煎茶道二條流の若宗匠として修行を始める。2021年10月、家元に就任。

黒正巖先生のご長男黒正明さんから「妻がお稽古している煎茶道の家元に、卒業生が就任されました」との知らせがありました。「煎茶道二條流」とお聞きしましたので、ホームページを開けますと「七世二條雅瑛家元」とありました。4月に京都鴨川の「なからぎの道」(河川敷公園)で第48回鴨川茶店開催と案内されていましたので、私の所属する京都支部の仲間と参加しました。満開の枝垂れ桜の下、おいしい玉露をいただき、その場で「澱江」の取材をお願いしました。
9月9日に二条城に程近い本部「二條流本部教室」を訪れました。

本学入学のきっかけ

私の一番の疑問は、伝統あるお家元の跡取りさんがなぜ本学に入学されたのかということでした。

小学校、中学校は地元の公立校に通われました。中学校では陸上部に所属、京都府大会の400メートルで4位に入賞されたそうです。「本当は野球かサッカーをやりたかったのに、クラブがありませんでした」。私立東山高校に進学され「すぐに野球部を見学しました。ところが、甲子園を目指す強豪高のためレベルが高すぎ諦めました」。すると、同じ中学のラグビー部出身の友人から見学に誘われたそうです。

「足が速いことを知っていたからだと思います。高校では何か球技をやりたいと思っていたので入部することになりました。ラグビーボールには、この時初めて触れました。2年生の時花園(全国大会)に初出場し、控えとしてベンチに入りましたが、出場機会はありませんでした。3年生は京都府予選決勝で伏見工業高校に敗れてしまいました。大学でもラグビーを続けたいと考えていたら、監督から京都市内の大学と大経大の二校から推薦依頼があると言われました」。大阪の不思議な文化に興味があったので本学を選ばれました。「大阪出身の選手が多いので、最初はその大阪パワーに圧倒されましたが、私も4年後にはすっかり大阪人になっていました。

卒業後は直ぐに実家に戻らず、一度就職をと考えていたので就職部を訪ねました」。そこで職員さんから「将来家元を継ぐのなら遠方への転勤が無く、土、日が休みで流派の行事に参加しやすい信用金庫がお薦めです」とのアドバイスを受けたそうです。「結果的には『京都中央信用金庫』に就職し、4店舗で支店長を務め、45歳で退職しました」。その後、お父様の元で若宗匠として修行に努め、昨年の10月に家元に就任されました。

「明日は『中秋の名月』なので、それに因んだお菓子をご用意しました」とお月見だんごをお出しいただきました。甘いお菓子の後にお家元のお点前でおいしい玉露を頂戴しました。「信金時代にも色々大変なことがありましたが、今は流派の維持、発展という大きな使命を背負っているため、比べられないほど大きなプレッシャーを常に感じております」。他大学で煎茶道の指導もされているそうで、母校からの要請があればぜひ協力したいとのお言葉もいただきました。

学生の皆さんへ

最後に、在学生へのアドバイスをお願いしました。「社会に出ると、厳しい現実に直面します。そんな時に心の安らぎとなる場所を学生時代に見つけてください。それは、芸術・文化的な活動やスポーツなど様々だと思いますが、余裕のある今が見つける最大のチャンスです」。
(聞き手=広報部部長・田中伸治)

 

こちらは 同窓会誌「澱江58号」掲載の記事です

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